日吉ひよし神社
湖山池の東側の卯山(標高40m)にあり、国の史跡「布勢古墳」と同じ丘陵にある。
室町時代、文和3年(1354年)因幡、但馬など6国の守護職であった山名時氏が布勢天神山に城を構え、近江国(滋賀県)比叡山山麓坂本にある日吉神社の御分霊を勧請して祀ったのが始まりと伝えられている。

日吉神社は昔から「布勢の山王(さんのう)さん」とも呼ばれ親しまれている。神社境内には、山王の神の使いとされる猿の彫像が多数奉納されている。

小児の疳を治す神社として有名で、子どもの守り神や安産の神としても崇められている。

境内の裏には、国の史跡に指定された約1500年前の前方後円墳布勢古墳があり、そこから湖山池が一望できます。

山名時氏は守護神(六ヶ国の産土神)として近江国(滋賀県)の比叡山山麓の坂本“日吉大社”にそっくりに「西日本の国中無双の大社」を布勢の地に、湖山池を琵琶湖に見立て、布勢屋形を“九相武答天神の城”と呼称し、 湖畔を巡って箱崎の松原、志加奴、長柄、三津、溝口といずれも近江湖畔の因縁の地名をおき、文和3年(1354年)に鬼門に当たる現卯山の山麓に坂本の日吉大社の分霊(山王21社)を勧請奉斎されたものである

【猿と山王さん】 「猿は山王の使はしめにて」と古来から、お猿は山王権現の神使として紛れもなく時に神威の顕現し、神徳を帯して庶民の中に降りた 後に庚申信仰と結びつき、三猿思想と交流したりしたが、いつもお猿の背後に山王信仰は見え隠れした しかも民俗の世界ではしばしばその霊力を幼児に籍したと伝えられている

場 所 鳥取市布勢469      地図

道路から神社の社叢を見る
境内の案内板から
 

 

拝殿
 
拝殿の両サイドに

 

本 殿  
本殿の両サイドに

 
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