立岩・経ヶ峰コース
(令和2年10月7日)

立岩・経ヶ峰コースの概略説明
水田の広がる海岸段丘、砂州で結ばれた小さな島々、小さな入り江にできた漁村や砂浜。このようなのど かな風景に、犬ヶ岬や経ヶ岬などの断崖絶壁が変化を与えています。
海からは日本海の荒波により形成された犬ヶ岬。経ヶ岬のダイナミックな岩壁や、青の美しさが特に際立つ青の洞窟などが楽しめます。

コースの案内に従って見学しましたが、初めての場所であり案内標識が見つからずで行きたくても場所が分からず、 コース案内から省略箇所が多数あります。
経ヶ峰
経ヶ岬は丹後半島の先端に突き出した近畿最北端の岬です。海岸部には、柱状の岩石が縦に何本も並んでいます。これが経巻を立てたように見えることから「経ヶ岬」の名前がつけられたといわれています。
柱状の岩石は、約400万年前の火山の噴火で流れ出た溶岩で、冷え固まる時に縦の割れ目模様(柱状節理)ができました。

袖志の棚田
京丹後市丹後町袖志の段丘には約400枚の棚田が広がっています。この棚田はおよそ4段の段丘からできていますが、これらは約10〜12万年前の海食台がその後地殻変動による隆起と海 面の低下によって海面から離れ形成されたものです。
棚田と海、集落が調和した美しい景観は、「日本の棚田百選」に選定されています。

丹後松島
犬ヶ岬の東から経ヶ岬方向に見る、島々と砂浜の作り出す海岸線の眺めは、日本三景のひとつ「松島」に似ているため、「丹後松島」と呼ばれています。
これは海岸段丘の台地が波浪などにより浸食されね 一部が島として残ったものです。


犬ヶ峰
京丹後市丹後町此代の西側から北に突き出した岬で、大が寝そべつているように見えることから「犬ヶ岬」と呼ばれています。
岬は安山岩でできており、海へと延びた山裾は侵食されて切り立っています。その先端部では柱状 節理を見ることができます。
犬ヶ峰の先端まで行ったが見られなかったのでコピーした。

青の洞窟
海食洞のうち、太陽光が直接入らないくらい奥が深く、海の深さが比較的深いものは、内部が青く見えます。
これは、太陽光が海水を通過する過程で波長の長い 赤い光が水に吸収され、波長の短い青い光だけが海中深くまで進み、海底などで反射・拡散するためです。

犬ヶ峰の先端まで行ったが見られなかったのでコピーした。

屏風岩
海面から突然屏風のようにそびえる屏風岩は、柔らかい凝灰岩の地層中にマグマが入り込み、冷え固まった安山岩が、その後、周りの地層が侵食により削り取られ、 硬い安山岩の岩脈が取り残されて現在の姿となりました。
屏風岩の沖合いにも数個の島がありますが、岩脈は板状の形をしているので、これらは全て一直線上に並んでいます。

大成古墳群
大成台地上にある古墳群で、市の史跡に指定されています。全18基の古墳の内、全長8.7mある八号墳は石室の規模が最も大きく、土師器や須恵器、勾玉、管玉 などの副葬品が多数出土しました。(左はパンフレットから)
石室の石材にはこの場所の岩盤である安山岩の自然石を巧みに配置しています。

立岩
後ヶ浜東端の竹野川河口に位置する周囲1km、高さ約20mの巨岩です。地下から上昇してきたマグマが固まったもので、その後の侵食により周囲の地層が削り取られて この岩が残されました。
垂直に延びた柱状節理が美しいことで有名です。その巨大さからも地域のシンボルとして親しまれています。


間人(たいざ)
丹後半島の沖合には、日本海の形成過程で生まれた海岸線からわずか15kmで水深200mに達する急深な海底や、尾根と谷の起伏に富んだ海底地形があります。
そこを漁場として間人港からは日帰り操業が行われ、間人ガニ(松葉ガニ)をはじめ、新鮮な魚介類が水揚げされています。

見られなかったのでコピーした。

城嶋
間人の西にある周囲4kmほどの小さな島で、天正年間には、荒川武蔵守がこの島に居館を構えたといわれています。現在は公園となっており、島を一周する遊歩道が 整備されています。
この島を作る岩石は約1500万年前の火山活動によりもたらされた凝灰岩で、島の北側や東側には波食棚が広がっています。

見られなかったのでコピーした。
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