駟馳山(しちやま)コース
(平成25年10月29日)

駟馳山東コースと概略説明
浦富海岸遊覧船乗場→大谷海岸→小畑3号墳→小畑1号墳→穴観音→石畳道

遊覧船乗場から大谷海岸へは車で行き、駟馳山の北側(海岸沿いの中国自然歩道)を歩いて駟馳山西コースから東コースを巡る予定で 行くも、中国自然歩道は道が崩壊のため通行禁止。小畑3号墳近くの道端に駐車して古墳や石畳道を見る。石畳道への入口も金網で遮蔽 されていたので国道9号線から入った。

浦富海岸遊覧船乗場
海上からは島々や砂浜など、変化に富んだ景観が見られます。


大谷海岸
夏は海水浴場として賑わいます。海岸の殆んどは砂浜ですが駟馳山側の海岸は石ころ(礫)がごろごろしている礫浜です。
大谷海岸から岩戸へ海岸沿いに中国自然歩道があるも道が崩落のため通行禁止となっている。


小畑3号墳
国道9号線改築(駟馳山バイパス)工事に伴い発掘調査された古墳時代後期(約1,400年前)の古墳。(地域の有力者の墓)
全長12m、横穴式石室の中には家形石棺が納められていた。一辺が27mの方墳であったと考えられる。
現在の場所に移築して保存。


 

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小畑1号墳
小畑古墳群のうちの1基で、観音像が安置されていたため「穴観音古墳」とも呼ばれていた。古墳時代後期に築造されたもので石室は 全長11m20pあり、玄室の高さも高い所で3m50cm。


穴観音
小畑1号墳の中に安置されていた観音像です。平成2年、石室崩壊の危険性がある為に、現在の位置(1号墳のすぐ近く)に安置された。


石畳道
旧山陰道の駟馳山峠は雨が降ると地面がぬかるんで滑りやすく、馬も越えることが難しい難所でした。
文化8年(1811)に、備前国の多十郎という諸国を遍歴する僧がこの地方にやって来た時、この難所に出会い、石畳道をつくることを決心した。
多くの協力者を得て、おおよそ1年で石畳道が完成した。現在、石畳道は152mが現存。

この辺りは源頼朝の愛馬生誕の地とされている。

愛馬「生月」を見る
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