鳥取県の東中西部にはそれぞれ大きな河川があり、そのおかげで鳥取県はどの地域もまんべんなく発展してきたと言えるでしょう。 そのうちの一つ県東部を流れる千代川は岡山県との境に近い智頭町の沖ノ山を源流とする一級河川で、用瀬町や河原町を北流し、最後は鳥取市内 を通り日本海に注がれます。幹線流路の延長は50kmをこえるということで、県内を流れる河川としては西部の日野川に次ぐ長さです。 この千代川の下流に広がる田畑を潤すため、川の左右に大きな農業用水がつくられています。千代川から見て西にあたる左岸につくられた大井 手用水、東にあたる右岸には大口堰用水といい、いずれも県内屈指の大用水路です。いずれも江戸時代の慶長年間(1596〜1615)にできた ようです。 大井手用水は1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いで徳川方につき、その功績で、千代川西岸一帯をまかされた鹿野城主・亀井茲矩(かめいこ れのり)によってつくられました。 茲矩は新田開発のほか治水事業にも積極的で、湖山池の干拓による新田開発や大井手用水の開削を早くから取り組みました。大井手用水は7年の 歳月をかけて1609年(慶長14年)に完成します。 大井手用水の恩恵を長きにわたって受けている地域の人々は、この用水を「亀井さんのおおいで」と親しみを込めて呼んでいます。また茲矩への 感謝の意の表れとして河原町宮の前にある樋口神社に、亀井公頌徳碑が建立されています。 |
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