しゃんしゃん祭の由来

昭和36年に商工振興を目的に市内の神社の例祭と併せて誕生した「鳥取祭」は、市中パレードが主であったため、市民が参加する機会が 少なく盛り上がりが得られなかった。
そこで、鳥取県東部地方に古くから伝わる「因幡の傘踊り」を誰でも簡単に踊れるようにアレンジして、大衆化することを考えた。
解説
当時の高田勇鳥取市長は、横枕地区の高山柳蔵氏に依頼して、現在の「きなんせ節」の振付を完成させ、昭和39年の鳥取市庁舎 新築落成を記念して、この新作傘踊りを発表した。
昭和40年の祭りからこの踊りを取り入れることになり、祭りの名称を広く募集したところ、山脇豪・藤井恒夫両氏の「しゃんしゃん祭」が選ばれた。     〔横枕は「私の散歩道」の中に写真あり〕
「しゃんしゃん」とは、市街地の温泉で「湯がしゃんしゃん沸く」と「鈴の音がしゃんしゃん鳴る」という意味で名付けられた。

下は平成24年8月14日 オープニングセレモニー時に撮影
その後、昭和45年第6回から「鳥取しゃんしゃん傘踊り」の振付が、そして平成に入ってから、「平成鳥取音頭」、その後、「しゃんしゃんぐりら」が登場し、 現在のしゃんしゃん祭では、これら4曲が踊られています。
毎年4千人を越える踊り子が一斉に踊る華麗な「鳥取しゃんしゃん祭」は、今や全国にも広く知られる祭りとなっています。
 
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